こころの食育 #09

『味憶』が引き継ぐ「こころの食遺産」

「うま味」の追究がうまい日本人




「腸活」に励むのも「こころの相続」

さて、次の広告文はどんな食品でしょう?「納豆菌、乳酸菌、酵母菌が善玉菌を活性化させ、腸内細菌のバランスを整えるプロバイオティクス効果」これが何と、我が家で飼育する「カメのごはん」で「3つの善玉菌が消化吸収と排泄物の分解を助け、水槽の汚れや臭いを抑える」とか。人体に良い善玉菌配合で、カメさんもさぞ上機嫌だろう。カメのごはんに触発された訳ではないが、納豆、乳酸菌、麹、酵素、食物繊維と、“カメにもマケズ”「腸活」を心掛けている。

最近「魚の食べ方も相続である」というオビの文章に惹かれ、『こころの相続』(五木寛之/SB新書)を読んだ。相続とはお金やモノ、土地など形のある財産だけではない。人との会話や挨拶の仕方、口癖や習慣など、私たちは驚くほど多くのものを受け継いでいる。本当に遺したい無形の相続、モノより「こころの相続」が大切な遺産ではないか-という主旨だった。

著者は若い女性編集者との食事で、彼女の見事な魚の食べ方に感心させられ、祖母、母、三代にわたって受け継がれたものと知る。またスタジオで若い二人の出演者が、試食の前にさりげなく手を合わせた仕草に感慨を受けた話など。すたれてしまった行儀も、きちんと相続されていたことが綴られている。しかし90歳を越えた著者の視点は、もうすぐ戦後80年、個人の体験談が途絶えてしまうことへの危惧である。歴史教科書では戦争の実態は伝わらないという。

また『おふくろの味も、最近はパン食が多くなって、相続が難しくなった。おふくろの味がもてはやされるのは、こころの相続が次第に失われてきたから。朝、とんとんと野菜を刻む音がして味噌汁の香りが漂う。私もそんな体験を相続できなかったことを残念に思う』と述懐し、そして『見えない相続が人をつくる』と結んでいる。



「うま味」は「こころの食遺産」

私が抱く「こころの相続」とは『味憶』である。おふくろの味、ごはんと味噌汁のケの食、祝膳などハレの食歳時記だ。単に食いしん坊にすぎないが、旅先でのもてなしや郷土食など、多くは食の記憶と重なる。『味憶』とは、時代小説家の『味憶めぐり』(山本一力/文春文庫)から拝借したもので、著者の人生と名店を絡めた食のエッセイ。前号で「味覚の記憶」は脳ではなく腸であるという観点で『味憶』を使わせていただいた。食の好みは『味憶』として腸が記憶し、脳は人生のときどきを記憶する。それらがシンクロして人生の思い出となり、その人の心をも形成すると考える。

日本人にとっての『味憶』の本質とは、母乳にも含まれる「うま味」の代表「グルタミン酸」。百年前に発見された「グルタミン酸」ほか、三大うま味成分はすべて日本人の発見で、うま味は[umami]で世界共通語になっている。昆布の「グルタミン酸」、鰹節の「イノシン酸」、干し椎茸の「グアニル酸」など、シンプルでいて合わせダシで深まる和のうま味。鰹を使わない精進料理では昆布・干し椎茸ほか、大豆や干し大根、野菜クズからもダシを摂る。

さらに味噌、醤油、酒、酢、味醂、納豆、漬物、日本人の『味憶』を高める極めつけが発酵食。私たちの体の細胞から骨の髄までしみ込んだ「うま味成分」は、何代にもわたって引き継がれてきた。私たちの体も心もすべては伝承されたこの「うま味」から成っている。『こころの相続』で最も大切にすべきものとは、「こころの食」がつくる『味憶』にほかならないと確信できる。

〈文責〉コピーライター 小山寅哉