こころの食育 #04

もっと親しみ伝えたい“食文化を感じる漢字”

漢字だから伝わる“心尽くし”の『和のこころ』



日常生活にも『塩梅』は息づいている

「当用漢字」は昭和21年(1946)に1850字が公布後、1981年に95字が追加され「常用漢字(1945字)」と改まる。さらに2010年改定の常用漢字は2136字(内、教育漢字は1026字)が定められた。漢字の歴史には、漢字廃止論や漢字復活論もあったらしい。昨今では平成の大合併のおり、漢字をやめて平仮名の市町名が50以上も誕生したそうだ。読みやすさ優先で、由来が分からず伝統に配慮すべきとの批判の声もある。常用漢字より“常用ひらがな?”の風潮はやはり味気ない。

特に漢字が使われなくなったと気付くのが食文化の言葉。食生活の洋風化もあろうが、レシピや食材などカタカナ・ひらがな(音節文字)ばかりになってしまった。分かりやすく伝えるためだろうが、このままでは、食文化のさまざまな言葉が「絶滅危惧」言語ともなりかねない。和食の奥深い妙味が次世代に伝わらないのは、分断されるようで寂しい。できる限り、本来の持ち味を醸す漢字(表意文字)表記が今更ながら大切かと思われる。

ユネスコに登録された『和食』によれば、基本形は飯・汁・菜・香の物で、米・大根・茄子など伝来の食材が使われ、魚介・海藻の豊富さ、蒸し・茹で・煮る・焼く・煎る調理法、昆布・鰹節・煮干などの出し汁、味噌・醤油・酒・味醂・酢・塩・砂糖の調味料など、節供の年間行事と併せ、平安時代〜現在まで続く。主に焚合わせる野菜の伝来は、茄子・蕪・葱(奈良時代)、大根(室町時代)、隠元豆・蓮根・キャベツ・牛蒡・薩摩芋・筍・トマト(江戸時代)、玉葱・オクラ・白菜・ピーマン(明治時代)…歴史的な食文化は漢字に思いを馳せて、もっと慣れ親しむべきだろう。

「あんばい」ってまさか「“餡が倍”入りの鯛焼??」冗談でなく平仮名だとこんな勘違いもあり得るかも…『塩梅』は調味の意。味噌も醤油も酢もなかった原始時代、海水で調味し、これを濃化・乾燥して粗製塩ができ、梅子(ばいし/梅の果実)の酸を応用して、塩と梅が調味の基本になった。「いい塩梅」は“いい調味加減”。そして料理の匙加減に限らず、人生の塩梅、日常の悲喜こもごもでも“いい塩梅”とか“塩梅悪い”とか、塩っぱく、酸っぱく…なかなか味わい深い言葉の一つである。


「おもてなし」と『御持て成し』のちがい

一時、流行語にもなった「お・も・て・な・し」は、あの時どう伝わったか。旅館のサービスが一流?接客が至れり尽くせり?…『御持て成し』は「持て成し」に「御」が付いて“心より”歓迎の姿勢が示される。「御持て成し料理」は室町時代に「二汁五菜」の記録があり、江戸後期に「一汁三菜」が定着した。贅を尽くすことでなく、“心尽くし”の「一汁一菜」でも立派な「御持て成し」となる。

「田楽」を女房言葉で丁寧に言う「お田楽」から「御田(おでん)」となった。「つけ」は汁のことで丁寧に「おつけ」と言い、「味噌」の丁寧な形「おみ」が付いたのが「おみおつけ」で、漢字は「御御御付」(「御味御汁」)と表す。日本人が一汁をいかに大切にしてきたかが分かる。

『料理』そのものの語源は平安時代で、「料」は物事を計り「理」はうまくおさめる—うまく処理(調理)するという意味。大切な人のため、旬の新鮮な食材を求めるために馳せ、吟味し、料理に合わせて素材を仕込む。下拵えまで準備を調えることが「馳走」の意味。温かいご馳走が並び、「いただきます」から「ごちそうさま」の声が揃う。「御馳走様」は「御馳走頂き心から感謝します」である。食で交わす言葉は、心を通わせる言葉。毎日の食事がいかに大切なことか…そして漢字と平仮名のバランスが良いと「塩梅良く」、“良くない「あんばい」は「あんバランス」”で、この一行こそ“良くない塩梅”の良い見本。

〈文責〉コピーライター 小山寅哉



●参考/『天皇家の食卓』和食が育てた日本人の心/秋場龍一著(角川文庫)、
『飲食事典』上巻/本山荻舟著(平凡社)、『お食辞解』/金田一秀穂著(文春文庫)他