おとなの食育 NO.12
おとなが果たすべき食育とは
「サドルの上で悟る」こと
これまで我が正体を明かしてこなかったので、コピーライター小山寅哉(とらや╱ペンネーム)とは何者か、少し触れさせて頂く。息子は「宇宙兄弟」原作者の小山宙哉(ちゅうや╱本名)漫画家で有名人だが、父親はれっきとした無名人。職業柄、“不規則が規則”という不健康生活の運動不足を補うため、50歳から自転車生活を開始。仲間4人で、びわ一(琵琶湖一周)、あわ一(淡路島一周)ほか、毎月一泊の輪行(りんこう╱自転車を袋に詰め列車で移動)にはまる。幾つもの峠越えを重ねるうち、体力と気力がメキメキ。“自転車は最強の健康機器”が持論だが、60代後半となった今は、さすがに一日100㎞とかムリせず、今年は年間自己新の6千㎞まで日々20㎞ほど、悟りをひらく「サドル座禅」と称し自転車散歩を楽しむ。
仲間のリーダー格だった友人が10年前に早期退職後、サドルの上で悟ったか、鳥取農業大学校で果樹栽培を学び、突如鳥取に移住。観光園で梨と柿を育てている、中屋(通称クマ)さんを紹介したい。
彼は自転車を始める前から山の会で、畿内一円の山歩きを趣味にしていたこともあり、山野草の知識やサバイバルに長けた、野性人。風貌からクマの如く、食べることが大好き動物。輪行ツアー中、立ち寄る休憩所では必ず何か食っている。
時には里山を走行中、道端で見つけたノビルを摘み取り、持参のビンで醤油味醂漬けにし、民宿に着く頃にはリュックに揺られ、おつな酒肴になるという趣向。おとなの食育(NO.10╱ほくほく8月号)での、ラッキョウ漬けの師匠は、正にこのクマさんである。
「食べる達人」こそ「生きる達人」
体力に自信ありのクマさんだが、10年先はわからない。天候にも左右され、収入も不安定な農業への転身には驚かされた。しかも除草剤を使用しない「草生栽培」、有機肥料のみで梨と柿を育てる。そのため年5回の草刈りが欠かせない。しかし多様な微生物群が生息する土壌に、雑草の種類も増えミミズ、蛙、蝉などさまざまな生き物が共生する自然環境となっている。
人間の幸福とは、「資本主義」でなく「農本主義」がめざす天地有情の世界に見出せるのではないか…それが彼の安住できる場所なんだと、最近ようやく理解できるようになった。
食べる達人としての本領は、味噌、梅干、ラッキョウ、ジャム、ヨーグルトなど手づくりの幅広さもあるが、料理の方も奥深い。中国の山岳民族のもてなし料理で、椎茸の戻し汁に鶏肉と豚肉を入れ野菜を加えてゴマ油をかけ、小皿に岩塩を溶かして食べる「ピエンロー鍋」も彼直伝。また、白菜の葉の隙間にバラ肉を詰めてから煮る、まるごと白菜鍋。野外での山菜天ぷらなども得意とし、女房にしたいほどの腕前だ。食べることの達人は、そのまま生きる達人だと断言できる。
さらにクマさんは、地元の学校などの子ども達を受け入れ、果樹園で「農といのち」の実習を続けている。いのちを育む自然環境、生きる力を養う食と農とは…自らの確かな経験を伝えられるおとなが、一体どれくらいいるだろう?「農」を通じて地域の人々との絆を培い、四里四方の土地で採れた食べものをありがたくいただく。そんな感謝の心やいのちへの情愛を伝え紡ぐ「生きざま」こそ、「おとなの食育」が果たすべき努めではなかろうか。
「はっとうフルーツ観光園」(鳥取県八頭郡八頭町徳丸)の食べる達人「中屋クマさん」
梨は「真寿」「秋麗」「新甘泉」「なつひめ」「秋栄」「あきづき」「王秋」の7品種300本、柿は「西条柿」「輝太郎」を60本栽培
![]() 見事に美しい純白の梨の花(4月中旬〜下旬頃) |
![]() 防菌・防虫の梨袋に包まれて実る(収穫期は8月中旬〜11月下旬) |