おとなの食育 NO.3

「食」で何が育まれるの?

  「食育」の語源 「小児には徳育・知育・体育よりも食育が先」と説き、「食育」という言葉を世に知らしめたのは、100年前の明治。漱石以前の大ベストセラー『食道楽』(村井弦斎著)とされます。新聞連載されたこの小説は、タイトルから連想する美食礼賛のような内容ではなく、食への関心を深め、近代的な「食生活改善」を勧めるおとなの食育小説でした。但し「食育」という造語は陸軍薬剤監の石塚左玄が最初(『化学的食養長寿論』1896年)。日本の食養医学の祖として知られますが、これは難解な医学専門書で、「食育」を広く認知させたのは『食道楽』の功績だとか。(「食育のススメ」黒岩比佐子/文藝春秋) 戦後、食の欧米化が進み70年代スーパー・コンビニ、ファーストフード、ファミレスが急増。家庭での伝統的な「食の風景」が激変する。90年代若年肥満や、生活習慣病、食の乱れが〝キレやすい子ども〞に関連づけられ、偏食、孤食(個食)、過食(拒食)症から、BSE、鳥インフルエンザ、食品表示偽装、農薬・添加物など食の安全への不安がつのり、業を煮やしての法制化が「食育基本法」(2005年)。これでにわかに「食育」が注目の的に。(2008年『広辞苑』にも登場)   だからおとなの食育 食生活事情の歪みの原因には、国の食料・農業政策等が影響するものの、〝よりおいしく・安く・便利に〞という消費者の〝わがままニーズ〞が、食の市場を形成する事実。食問題が厄介なのは、情報が絡み合い、偏食や飽食が引き起こす弊害に歯止めがきかないこと。加えて安全・健康志向の異様さ、消費者自身が何を選び、何を食べたらいいのか混乱をきたし、健全な食の在り方が不透明。世界無形文化遺産に登録(2013年)された「和食」のはずが、もはや伝統食文化は家族の分裂と共に途絶えたかの様相です。 こどもの食育は、もちろん大事。だけど「おとなの食育」こそ、今ほど切羽詰まった時はない。おとなが今、まともな食生活を子孫に伝えなければ、まともなこどもの成長は覚束なく。おとながきっちり〝食の大事〞を認識し、〝正しい食の有り様〞を引き継がなければ、まっとうな家族・地域・社会の存続すら危ぶまれます。   信じられる食の日常 では「おとなの食育」で何を学び、どのように実を育むか。食の未来を耕す「農」だけでも、減反、減農薬・有機、遺伝子組換え、後継者不足、耕作放棄地、里山保全、限界集落、自給率、TPPまで難問が山積みのまま。漁業・養殖、畜産・食品加工、添加物にも注意を払いつつ、介護・医療、健康寿命、地球環境、いのちの教育等々「食育」に関わるさまざまと、どう向き合いながら日常性を正すべきか、目眩すら覚えるほど諸説入り乱れ複雑怪奇。 日々の食生活で健全な食材をどんな基準で選び、どう料理して食すればいいの?はてまた健康を育む養生食とは?正しそうな答えも山ほどあって「10人10食」。でもそこが重要なポイントで、いかに「自分の信じられる食」で家族の心身を養うか。せめてそこに至るまでの道筋をこじ開けようと始めた「おとなの食育」。食の問題は一筋縄では行かず、どうかそのつもりでお付き合いのほどを。

〈文責〉コピーライター 小山寅哉